天理教 宗教 引退

 【 2015.01.06(Tue) 】

引退といいますか、天理教は辞めました。
教祖の教えはリスペクトしてるけど、
教会を通して学ぶ必要はないと感じるようになりました。

教会を通すと、どうしても金銭の請求が発生する。
大きい教会だと、お賽銭だけで賄えるが、
信者の少ない教会ほど、一人に請求する額が大きくなる。
お供えは気持ちではあるが、年金から絞り出すとか、
ひのきしんや、複数回に渡るお布施で、
50万円を超えるようでは、死んだときに1度払えばいい仏教より高くつく。

教祖は、ワッショイワッショイと、まつりごとを教える為に
わざわざ教えを開いたのか?
第一が、人助け。
これが欠落している教会が多いこと多いこと。

そして、本部の御用だから、大教会の御用だからと、
自教会を留守にしている教会長。
教会とゆう拠点を設けた以上、地域交流が必須になる。
地域との係わりがない教会は、日頃の信用がないから、
ただ金儲けの為に人を誘っていると思われて終わる。

祭りごと、教会の掃除と、教会がまるで旅館のように、
ただ身内を集めるだけの場所になっているとか。

勤めに出ないから病気になるとか、
なんで出ないんだと、ショー(銭儲け)の一環にもなる。
ぶっちゃけ、お勤めは、ようぼくが
誰でも上段に上がっていいものだと思うし、
お勤めをしないから病気になるとかなら、
一般人はとっくに滅びている。
やった方がいいのであって、
やらなくてはいけないわけではない。

そして、神殿と神具が高すぎる。
お勤めは、鳴り物がなくてもできる。
鏡がなくても、神のご守護はいただける。
だって、この世界を作ったのが神だから、
わざわざかんろだいの理をいただかなくても、
神は見ているし、守護もしてくれる。
嫌な思いをさせるぐらいなら、
イスラム教みたいに、各自が定時に
かんろだいに向かって遥拝した方が良いと思う。

天理教は、弾圧で神道だか仏教だかの
作法が取り入れられたが、
教祖は天理教の作法に多くは語っていない。
手踊りなんか、恥をかかせないようにと
ちゃんと教えすらしなかった。
ようは心次第ってこと。
歌が上手いから、踊りが綺麗だからと言っても、
単なるジェスチャーで、何も人の為に祈らず、
悟りに気づかないようでは下手な手踊りに劣る。

それと、天理教の一番の問題点が、
親子代々の血筋を重要視する点。
教祖はなぜ、我が子を神柱や跡取りにしなかったか?
人間は、シンボル、ブランドとして、中山の血筋にこだわる。

しかし、徳川しかり、天皇しかり、
必ずどこかでおかしな人間、
跡取りなしなどの問題が発生する。
近親相姦、プレッシャーなど、
人間が神から与えられた才能を活かし、
成長することを妨げる結果を招く。

これは、各教会にも言える事で、
長男だから跡を継ぐと言われても拒む人もいて当然。
天理教の学校を出ていると、
天理教を知っていると高慢になりやすく、
どこどこの大教会の息子などと言ったら、
更に高慢になる。

天理教の教えなんか、初代の人でも覚えるぐらい
別に難しいものでもないのに、
井の中の蛙、小山の大将は、
世間の事も知らないまま教会長になって、
メチャクチャする。

神名を語る乞食の商売。
見えざる神をネタにしているだけ、
単なる物乞いにも劣る行為。
それを自覚した上で努力せにゃいかん。

神を語って、天の理から遠ざかるって
どうゆうこと?
人頼み、神頼みばっかりの他力本願寺みたいな、
教会長も多すぎる。
自ら苦労しないから、人の痛みが、
天の理がわからない。

ある教会長が言っていた事だが、
教会にとって大事な人を修養科に入れた事で、
その人がやってくれていた事を自分達で
しなくてはならなくなった。
修養科に入れるって事は、入れた人達も
修養科に入るようなものだと言っていた。

それと同じように、誰かが病気になったとする。
なぜその病気になったのか、させてしまったのかを
残された人間が思案しないといけない。
そんな事を考える人間など天理教には少ない。
無理をさせすぎてはいないだろうか?
食べ物は栄養があるだろうか?

バカな教会長は、ひのきしんをすれば、
お勤めをすれば治ると言う奴がいる。
だったら、病院でそれを患者にさせればいい。

耳が聞こえなくなったら補聴器何十万円。
目が悪くなったら眼鏡に何万円。
手術をしたら何十、何百万円。
健康になったらご守護ではなく、
健康であること自体がご守護。
もっと言えば、病気や怪我もご守護。
良くなるのが神の仕業なら、
悪くなるのも神の仕業。

高カロリーの物ばかり摂取してたら肥満に、
塩分で高血圧、酒でアル中、
無理をしてたら病気になり、
ボーとしてたら怪我をする。
心が乱れていたら、それは体にも影響が出る。
健康であれば、人の痛みがわからず、
病気であれば、治し方を知っている場合がある。
健康だから良いってもんじゃない。

とりあえず、お助けと、陽気暮らしが最優先事項で、
これが一番難しい。
楽しんでいるから向上心が出てくる。
笑っているから免疫力が高まる。

欲しい物を与えたら、その人は幸せか?
便利になっただけで、不幸なままではないだろうか?
それは人間社会も同じで、ビルを乱立させ、
工場で大量生産し、それで家庭円満だろうか?
助けるって何ぞ?楽しいって何ぞ?

そんなこんなで、天理教で思うことがいろいろありますが、
最後に言いたいのは、
お勤めをすれば治ると、風邪やインフルエンザのまま
本部のお勤め出るの辞めろ!
他人に移して、アホちゃうかっていつも思う。

Category: 思想

Theme: 宗教・信仰

Genre: 学問・文化・芸術

Comments (1) | Trackbacks (0) | トップへ戻る

Comments

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Posted at 14:34:13 2016/12/16 by

Commentform


URL:




Comment:

Password:

Secret:

管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks