逆に考えて

 【 2014.11.04(火) 】

脳の活性が悪い人、脳の力が弱い人ほど、
自己中心的で、暴力的な傾向がある。

正義の反対は別の正義って言葉の通り、
宗教をしている人間こそ、悪になりやすい、
宗教は害悪だって言葉を感じる。

そもそもの問題として、
神がいるならだしてみろ!
神の御守護と言うなら、
自信がある奴は不治の病を治して見せろ!

宗教をしたって、損ばかりで得なんかしない。
得をするのは幹部連中。
自己中心的な幹部連中は、
親孝行をしろ!神がナンチャラカンチャラと言い、
信者は生活苦と、洗脳の御守護。

挙げ句の果てに、宗教同士で戦争や対立を起こす。
あなたが信じる神は、人類が殺し合って、
絶滅するのを望んでいるのですか?

では、何の為に宗教があるのか?
幸せを願う為ではないのか?
感じるためではないのか?

健康であるのが守護だと言うなら、
病気になるのも守護だろう?
ガン細胞は1日に5000個も作られているとされ、
1~2センチに成長するまでに10~20年を
費やすとされている。
本来、死滅させる能力を持っているのに、
10年も20年も死滅されない生活をしてきたんだ。
糖尿病だってそうだろう?

なんだってそう。
原因があって結果がある。
例えば、誰かに子供か恋人が殺されたとして、
それがたまたま相手があっただけの事で、
自分が事故で殺してしまったかもしれない。
飛行機の墜落や、落雷、火山の噴火、津波だったかもしれない。
運命とはそんなもの。

同じ境遇でも、助かる人間も、助からない人間もいる。
助かったことで、後で苦しむ人もいる。
宗教とか道徳ってのは、
人として、人同士が幸せに生きるための真理だったりする。
間違っていることは間違いだけど、
自分は正しい!と言いきるのも正しくない。

知性とは、
私は、○○を知っていると言う知的達成の累積ではなく、
私は、何々については、不十分にしか知らないと言う不能の誤報を通じて練磨される。
(知らないと言うことを前提にして、知ろうと努力しよう。)
エマニュエル・レヴィナス

この事が大事で、何々でそう教わったから正しいとは限らない。
全ての情報は、知識は、自分というもの自体も、
常に疑ってかからないと、真実は見えてこない。

肉体を持っている、この世界こそ地獄で、
音楽や映画、アニメの世界が天国であり、
酒や覚せい剤は天国に行きやすくなるための道具だと言ったら、本当に否定できるだろうか?

遅かれ早かれ皆死ぬ。
死ぬ前に何がしたいのか?
その道中で出逢う人間に、イチイチ心をとらわれていて、
果たして目標は達成できるのだろうか?
許すこと、理解することは大事やで。

半身不随の人間に、走れと言う。
自分が走れるとしても、相手も走れるとは限らない。
百万円の物でも、人によってはタダのゴミ。
それを責めることなく、責められることなく、
理解し合い、支え合って生きてゆけないものだろうか?
人は対立するように出来ているのだろうか?
なぜ、対立しないように出来ないのだろうか?

憎しみ合い、いがみ合い、争っている相手と恋愛は出来るだろうか?
楽しく、仲良く、愛し合ってこその恋愛あり、
その延長線で、家族の絆とか、友達、職場の人間関係などに
繋がっていくのではないだろうか?

Category: 思想

Theme: 幸せに生きる

Genre: 心と身体

Comments (0) | Trackbacks (0) | トップへ戻る

Commentform


URL:




Comment:

Password:

Secret:

管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks