天理教 新興宗教 

 【 2013.12.22(Sun) 】

自分は、人間は何の為に生きているのかを知りたくて、
宗教を始めてみて感じたこと。

天理教の教祖、中山みきは天才だとは思う。
神が人間を創ったのは、陽気暮らしを共に楽しみたいから。
苦しみながら嫌々生きるぐらいなら死んだ方がいいので、
ごもっともだと思う。

ひのきしん…神に感謝をし、その感謝の気持ちで人助け。
拝んでいれば、部屋が綺麗になり、宝くじも当たるってんなら
誰も苦労なんかしない。
行動をする事も大事。

おつとめ、手踊りは、近代社会では騒音の関係で
あまりオススメはできないが、
楽器演奏や、歌や踊りは、祭り=喜びや感謝を表現する上で、
昔から行われてきた。
各教会で行われるのは、月次祭を本番とした練習も兼ねている。

教会が社会での役割。
おさずけを取り次いで病気が治るなら、病院はいらない。
ただ、神が何かの意図で、心の現れといて
病気になったり、治ったりするかもしれないし、
気功と似たような効果があるかもしれない。

運動不足や、栄養バランス、生き方が、
本人は普通だと思っていても、
他から見たらどこかおかしいから病気になる。

洗剤をきちんと洗い流さない食器で飲み食いしたり、
野菜を食べないとか、身体の一部分を酷使したり。
信仰をすれば超能力が授かるわけではない。

教会は、おつとめの練習、話し合いの場、
天理教の教えを広めるためにある。
そして、これが一番大事で、
皆からの寄付で物を買ったり、誰かを救う事。
宗教として信者が多いほど、誰かが困った時に
金を集めて助けることができる。保険的な役割。

しかし、実際は月次祭や大教会への集金などといった
出費が大半で、教会で住み込みをする人間、
月次祭などのイベントで金が必要になるので、
教会以外でも仕事をして稼いでいる信者が多く必要。

8つのほこり。
おしい、ほしい、にくい、かわい、うらみ、
はらだち、よく、こうまん。
嘘とついしょは神嫌い。
欲しいがないと、人間は死ぬ。
色欲に溺れるのと、人を愛すのは違うように、
ふそくを言わないのと、向上心がないのは意味が違う。

癖性分を直すのも、個性が無くあるならロボットでいい。
文句を言わず、命令に従って財産も命も捧げるって、
どこの軍隊だよと。それこそ洗脳。
違いを尊重し合うのが教えじゃないのか?

薬や道具に頼らず、人間とゆう動物を強化する事で、
病気や怪我などにならず、回復させ、
人と仲良く生き、死んだ後にゴミを残さない生き方。

しかし、コンクリートやエアコン、化学物質の多忙な時代に、
薬品に頼らず生きるのは困難。理想と現実。
人と一緒にいれば、強制的に身なりを意識させられる。

魂だけが自分の物で、身体は神様からの借り物。
死んだら魂はそのままで、身体を変えて生まれ変わる教えで、
教祖、中山みきは、身体は服みたいなもで、
死んだら脱いで、生まれ変わる時に
新しい着物に着替えるようなもだから、
死んだら身体はそこらへんに捨てれば良いと言った。

話を少し脱線させ、ここが天理教の矛盾とキチガイの教えなのだが、
ひのきしんで感謝の気持ちを表すと教えがあるのと、
勇んでかかれば神もいさむと、
頑張れば神が病気にもせず、生かしてくれる。

その教えのおかげで、修養科では
ほとんどちゃんとした睡眠時間が確保されないまま、
勉強や手踊りなどを教わることになり、
ボーとして頭に入りにくい&
寝てて何も身につかない状況が作られている。

確かに、どんな過酷な状況でも笑ってすごすのは大事だが、
天理教を知らない人間が入るかもしれない、
高齢者や身上者がいる修養科で、
修行として厳しくしすぎるのはどうかと思う。

この、朝から晩まで共同生活で何かをさせられるだけで拷問。
それに、ひのきしんとか勉強とか、あまりやりすぎると、
刑務所に入った方がマシに思えてくる。

三ヶ月無事に卒業したといても、
もう二度と天理教なんかしないって人間がでてくるはず。
本当の信仰者と、そうでない人間をふるいにかけるようだが、
ぶっちゃけ、それによって道途絶えるで。

神からの借り物の身体なら、
大事にしなきゃいけないはずなのに、
ブラック企業で過労死するべきに受け止められる。
怠け者には効果があるかもしれないが、
過労の鬱っぽい人には病気を悪化させる恐れがあると思う。

中山みきは人間の幸せな生き方などを教えたが、
科学が急速に進みすぎた事、それに対し、
社会システムが疎かになっていることまで
カバーしきれない状況にあり、
それに加え、天理教が人間思案で規模拡大を良しと
していたり、親心なきシステムで信者を不幸にしている。

天理教は、天の理の教え。
教会育ちで世界の理を知らない人間が、
天理教をダメにしている。罰が当たる。
信者がなぜ増えないのか?それは、理に叶っていないから。
全世界の人間が、天理教になったら、
世界は幸せになれるのか?それはNOだと思う。

金がなければ生きてゆけない世界で、
寝ず、休まずに働いて寄付をしなさい。
雛型を辿り、貧に落ちきりなさい。
教祖が浄土宗を辞めたように、
天理教を辞めるのも雛型。

働き過ぎで病気になり、過労死をして、
こんな地獄で生きるぐらいなら死んだ方がマシ。
親が子供を生み、また不幸が連鎖する。
苦しんでいる人を出直させて不幸を無くそう。
全人類を出直させれば、更に進化できる。
そんな教えになりかねない。

教祖、中山みきは悪くないが、
その後の戦時中~バブル世代等の人間が
金銭目的、組織拡大目的の軍人育成制度みたいに
作り上げてしまい、ダメにしたと感じる。

Category: 思想

Theme: 生きるってなーに?

Genre: 心と身体

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