三日目 東日本大震災

 【 2011.03.15(火) 】

まず、朝に給水しているから汲んできてくれと、
ペットボトル3本を渡される。

行くと、給水待ちで3人が並んでいた。
昨日は全箇所から出て、止まったが、今日は一ヶ所から出たらしい。
うちの手前の人で水が止まる。
途中で、地震から顔も体も洗っていないから、
タオルを濡らすだけでいいからと、
オヤジが入ってきた。
実際、俺もそんな状態。

冬場なんか、一週間ぐらい体を洗わなくても死にません。
しかし、他人に迷惑がかかるから、
家に戻ってから、実家から持って来た下着を変え、
ウエットティッシュで体を拭いた。

朝食を食べてから、会社の人の家に様子を見に行く。途中で、マックスバリューに人が並んでいたので、
様子を見に行く。

欲しい物は特にない。
食料は多い方がいいのだろうが、
うちより困っている人はたくさんいるので、
今回は遠慮しとく。

話を聞くと、
店員ではなく、ドコモショップの人が手伝っているらしい。
最初は役所が提携しているから、
売らずにいたが、客が並んだので売る事にしたらしい。

店の中はガラスが散乱し、天井が落ち、危険だから、
出せる物を店の外に出すらしい。

市とかと計画的に販売するのはわかるが、
避難所に入っていない人も、
うちみたいに親戚の家に避難したり、
電気や水道が止められ、
備蓄がない人、金がない人は当たり前にいて、
そこまで状況を把握しているのかと。

そして、ドコモショップの人は、
非常用の電話を使っても、
電波が来ていなく、
店員と連絡がとれないから
店で待っている状態だったらしい。

その店員も、店から離れれないので、一日一食で、
飲み物もなかなか手に入らずにいる状態らしい。
みんな大変だなと思いながら、

会社の人の家に行くと、
水を持って来た人が来て、居場所を教えてもらえた。

行くと、給水所で手伝いをしていたので、
水をもらってくる。
うちの携帯は充電されてあるので、
一応、電池と携帯の充電機を貸してきた。

そしたら、また大津波警報が出たと騒いでいたので、
安全の為に家の方角に移動。

途中の避難所になっている小学校に寄る。
地区の人がいないか調べて歩いていたら、
中学校の友達がいた。

友達は川沿いのパチンコ屋の前を車で移動していたら、
波にのまれ、車から這い出て坂の上に逃げ、
そこから、肩まで水に浸かりながら、
水没地帯から移動してきたらしい。
今は姉を探していると言っていた。

そして、ちょっと移動したら近所の人がいた。

話をすると、一日に水はコップ一杯、
おにぎりも一個支給されるだけらしい。

その人は、地震で被害はないか、自宅を見ていた時に警報が出たらしく、
津波はさすがにここまで来ないだろうと思っていたら、
遠くで黒い津波が見えて、
走って逃げて助かったらしい。
どんだけ急いで逃げたんだかw
無事で何よりです。

話をしていたら、
地区の人が、死んだ人の話をしていた。
どうやら、うちの実家の裏にある本家の夫婦が、
洗濯機の所にうずくまるように遺体で見つかったらしい。
他に、津波で船が心配なので見に行くと、
妻が反対したのに、
海に行って、旦那さんと、その息子が死んだ人がいたとか。
まさかこんな津波が来るとは思ってなかったのだろうが、
どんだけ船が大切だったんだか。

話を終え、とりあえず、
本家の話を伝えに家に戻る。

そこから、他の避難所に地区の人がいるかもしれないので、
違う小学校へ行く。

一階は浸水していて泥だらけだった。
二階、三階を見ても、
同じ地区の人はいなかった。

そこで聞いた話だが、
体の不自由な人を救おうとした人がいて、
それを助けようとしたが、
体の不自由な人は目の前で津波にのまれて助からなかったって話を聞いた。
一生、夢に出そうな話である。

そこから、友達の家を見ると、
水が引いていたので、
様子を見に行くと、
親父さんが家の掃除をしていた。

どうやら、津波の時は、
みんな二階に逃げて、
浸水している二日間は二階で暮らしていたらしい。

友達は出掛けていなかったが、
無事がわかって何よりだった。

それと同時に、妹は結婚したらしい。
弟が先に結婚し、妹も結婚て、
人の事は言えないが、
長男大丈夫か?って思ったw

車が水没らしく、また遊びに来きて手伝ってくれなと言われて後にする。

あとは、石巻の山に逃げ、
それから連絡が取れなくなった親友の家を訪ねる。

すると、何と家に帰っていた!
さすが生命力が強い奴だと関心した。

話を聞いたら、
職場で車に乗っていたら山の方に流されたので、
窓を開けて急いで山によじ登ったらしい。

波が収まってから、
会社に戻ると、
事務の人や、社長がどうしたらいいかわからずにいたが、
潮が引いているから、また来るから山に急いで逃げたら、
一回目よりも大きい波がきたらしい。

そこからは、山で土砂崩れに怯えながら、
雪が降る中、焚き火をしながら皆と輪になって一晩すごし、
次の日とかも、人の家にお世話になりながら、
何とか陸地になっている場所を通って自転車で帰ってきたらしい。

連絡がとれず、石巻は冠水していて助けにいけない状態で、
無事でいてくれてよかった。

避難していた時に、
お爺さんが、チリ地震津波の時でもこれほどの津波は経験した事がないと言っていたらしい。
たしかに、防波堤や水路が整備された日本で、
こんな大規模な被害は過去にないだろうと思った。

それから、ババアを他の避難所にも連れていこうと言ったら、
疲れたと言うので、
やめて帰る事にした。

途中でセブンイレブンに客が並んでいたので、
行ってみると、タバコを販売していた。
他のは売らないのか聞いたら、売らないらしい。
そこの栄養ドリンクとか、
自分達用かいと。

向かいのホットモットにも客がいたので見に行くと、
引換券式で、完売したらしい。
なんか、調理されたご飯が販売されてて、
復興が進んでいる気がした。
いいぞ、(ほっと)もっとやれ。

それから家に帰り、
寝ながら従兄弟夫婦が帰って来るのを待つ。
すると、ガソリンスタンドで二時間半待たされた挙げ句、
手前で終了されたと怒っていた。

田舎だから、車がないと移動が困難になるので、
車のガソリンは無くしておけない。
そりゃ怒るわ。

それから、晩飯を食べていたら、
オバチャンも何の役にもたたないような内容ばかり繰り返して言っているラジオに怒っていた。

福島だけではなく、前々から問題ばかりの女川原発なんか、
やめてしまえって事もだが、
何人が救助を待っているって情報はいいから、
そのうちの何人を救出中か言えと。
あと、どこの地域は通れて、どこは通れないとか、
情報をもっと出せと。
電話が通じず、情報収集が困難なのはわかるが、
電気がなく、テレビが見れない人がたくさんいる中、
ラジオの情報は結構重要である。

地上から報道するのは当たり前だが、
上空のヘリから、
役所の情報と、全体的に把握し、
国民に少しでも多くの情報を伝えてほしい。

現在は、給水、給油、食品販売は、
いつ何時からどこで行われるのか、全然わからない状態が続いていて、
大型店舗が多い、石巻が水没してしまい、
買い物が困難で、長靴も買えない。

海の方や、水路、整備されていない場所には、
津波に流された遺体がどこに、どれだけ流されているのかわからない街と化している。
泥やゴミ、油だけではなく、
下水や遺体から発生する病気も心配である。

原発?10メートル離れれば大丈夫、
20メートル離れれば大丈夫、
爆発しても大丈夫と、
嘘野官房長官が所属している、
嘘主党なんか信用してないが、
もっと人に迷惑をかけない程度のマシな嘘をついてほしいものです。

それと、今まで築き上げた職場の環境は、
めちゃくちゃで、
もう仕事にならない状態。
今まで集めて、完成に近づいたうちの部屋も壊滅状態。

これから復興するって、
急ピッチで進めても2年以上はかかるはず。

被害地域も広いし、
どうすんだか。
逆に考えて、利点としては、
人が何万人も亡くなったから、
区画整備はしやすくなった事と、
国民への保証額が減らせた事で、
悪いが、生き残った人への対応はやりやすいはず。

こんだけ壊されると復興なんて無理だから、
新築する気持ちで、安全で快適な街作りを目指してほしい。
太陽パネル全世帯完備、
交通の整備、電気、水道といったライフラインの整備等。
日本は何か災害ある度に、ライフラインは止まりすぎ。弱すぎ。

余談になるが、
岩沼には昔付き合った女がいた。
被害情報を聞いた時に複雑な気持ちになった。
良い女だったんだが、死んじまったんかな?

Category: 私生活

Theme: 3.11 東日本大震災を体験して

Genre: ブログ

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