2009.03.31(Tue):政治・社会
物が溢れ、作っても売れない世界情勢。

就職難は、それだけ日本の企業が作っている物が
人に必要とされていないって事でもあると感じている。

内定取り消しや、リストラは、その企業に陰りが見え出している
と考えてもいいのかもしれず、
雇用状況が悪い企業の株は危険だと思っていいかもしれません。

そして、この就職状況で就職するぐらいなら
新しい、良い企画があるなら、いっその事、会社を作った方がいいと考えるが、
資本が少なくて済むとは限らず、やってみたいことはあるけど、
資金に企業する気になれないって人はいるのではないでしょうか?

そこを起業しにくくしてる日本の支援体制が、
中小企業が伸びないのと、日本の不景気にもつながっていると感じます。

それから、この不景気は物質至上社会への陰りとも感じています。

人は、物なんかなくても、食べ物さえあれば、
とりあえず無人島でも生活できると考えれば、
物を買ってもイコールで幸せって事でもないと思っていて、
今回の不景気でその色が濃く出たのではないかと思います。

日本は親が働き、子供は学校で暗記力を点数で競い、
機械のデータで遊び、物は金で買う。

人の価値は、その人とどれだけわかりあえたかではなく、
その人が何をして、どれだけの成績を残せるかで評価する、
目で見た評価が基本となっています。

金がない、人に愛されていない人は、犯罪者の可能性が高まる。
自分の価値が見いだせない、存在意義を感じれない人は、
人の命も軽視してしまうからだ。

犯罪はいけない。
例え、被害者がどうでもいいような人間でもだ。

人の価値は、死んだ自分が評価するのではなく、
その人が死ぬことで悲しむ人がどれだけいるかではないでしょうか?

例え、人気アイドルと、ホームレスのどちらかが殺害され、
人気アイドルだから罪が重く、
人気がないホームレスだから罪は軽いでは、
人を尊重できない事になり、
もしもそのアイドルが人気がなくなり、そのホームレスが人気が出た時に
罪の重さが変わるのでは、人の命を尊重しているのではなく、
その人の金や利率を評価する事につながると思い、

人を尊重しあう社会を気付く為には、
物質重視で人を評価するのではいけないと思い、
必要ないぐらい沢山いる人間を幸せにする為には、
愛する事が必要ではないでしょうか?
物が溢れ、しかし物は人を幸せにするとは限らない。

そんな社会では、学校で道徳とはちょっと違うが、
愛する勉強や、人を幸せにさせる勉強が
あってもいいのではないかと感じます。

この人といれば幸せを感じれるってのが、
恋愛ゲームや、メイドカフェ、ペットなどの萌え産業を見ても、
今、一番必要な商売であると感じ、
人間の最も存在意義を感じれる事にもつながるのではないでしょうか?
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