スピリチュアル 霊

 【 2008.06.11(水) 】

今更スピリチュアルがブームになっているようなので
まとめとして書いておきます。

まず、霊は存在するのか?しないのか?
電気、温度、空気、人の心、
いろいろ目には見えないものが世の中には多々あり、
目に見えないものは耳や手で感じるのが人間です。

五感で感じれない未来や過去や霊が見える人がいてもおかしくありません。

先祖がいて、私たちがいたり、苦しんで死んだ人がいるでしょう。
そして、私達を作った神とゆう存在があってもおかしくないでしょう。

ではなぜ、神は私達に病気になるような苦しみを与え、
子供が病気で死んだり、自殺したり、殺しあうような悲しい社会を作っているのか?

神がそれを創ったのではなく、人間がそうゆう社会を作ったのです。

鼠から猿から人間に進化をし、恐竜がいる時代から仲間と助け合っていきてきました。
しかし、動物です。
未完成な人間は猿から進化したばかりなので地位や上下関係を重んじます。
そして、強いものが生き残り、進化をするのが動物で、
地球の支配者となった人間は、言語が通じるようになった現在でも
人間同士で戦争をしたり、殺人などの殺し合いがなくなりません。

人間が作った金とゆうものはとても便利なものです。
魚を売った金で、フルーツを買ったり、絵を売った金で、家を買ったりできます。
しかし、その金がないと人間は食べ物が買えず、
雨風を防ぐ、家も買えません。
捨てるほど金が余っている金持ちと、
明日生きていれるかもわからない貧困に苦しむ人々。

世界に金は貧困で苦しむ人ができないくらい存在しているはずで、
個人の利益を求める人がいろんな手段で金を回収するので
貧困が生まれます。

それによる格差と、勝ち組と負け組み、
仕事をしなくては生きていけない強迫観念、
家庭より仕事。

そして愛がなく、数字的な利益を素晴らしいこととする
物質至上主義の人間社会が今の現代社会で、
売春、風俗、ブランド、ギャンブル、消費者金融、
レイプ、セクハラ、詐欺、強盗、育児放棄、DV、イジメなど、
愛がない家庭で育ち、学校では数字で評価され育つことで
人の心を考えない、考えようとしない、機械人間が生まれます。

しかし、機械人間も所詮は人間で、不完全な動物です。
すこし人生設計を脱線しただけで自己の存在意義を見失い、
自殺したり、犯罪を犯す。
そして、成功を収めても、家庭はうまくいかない。

愛がない、利益を生む人意外の、人との係わりが少ない、現在社会。

心が病むのも当然です。
しかも、心が病む理由も、自分が損をするからです。
人が喜んでくれるためではなく、自分が利益を得る為に仕事をしているから。

そこで神などのスピリチュアルに頼る人々が現れます。

基本的にはオーラの色も、占いも、人それぞれ可能性があるものなので、気にする必要がなく、
生年月日による占いは、潮の満ち引きの影響などを与える、月や他の星の引力が
身体や心に与える影響、
それが動物占いだったり、六星占術だったりします。

そして、細木和子先生の六星占術などに見られるのが、
バイオリズムと言われる、精神と肉体の調子による運勢の占いです。
調子が良い時は何をしてもいい。
調子が悪い時にすることは何をしても悪い。

占いなど、心霊やスピリチュアルなものは当たり外れが多いです。
人が見えないものを人に言うものだから、
自分で感じないものを人に信じ込ませるのが仕事だったりするから詐欺になりやすい。
もちろん宗教もその類。

先祖を敬うのもいいでしょう。
先祖がいるから自分がいるわけで、
先祖を軽視すれば自分の存在も軽視する事につながる。
親を恨めば、自分の存在を否定する事になる。

神に救いを求めるのも、許しをこうのもいいでしょう。
しかし、先ほど話したとおり、神がこの社会を創ったわけでなく、
神は殺人も性犯罪も許しています。

世界は基本的に弱肉強食、強いものが生き残り、進化を続け、
人の心や人生経験を映画や本でしか学習できず、
過ちを犯すのは当然な生き物だからです。
大切なのは許す人間と、過ちを繰り返さないようにする努力、
そして、過ちを他の人が繰り返さないようにする努力。
それが人間の進歩です。

そして、スピリチュアルに頼る人のよくおちいりやすいのが、
神に願いを叶えてもらおうとする利己主義な人。
神は貴方の願いを叶える為に存在しているのではない。

神に頼るのは、現実逃避。
これが一番困る。社会問題にもなってます。

何かあったら先祖や神のせいにし、
解決する為に何の努力ももぜずに先祖や神に拝む。

それによって発生する家族との歪みや、社会的歪み。

自分が信じる神が神だと、宗教観の対立。
そして戦争や自爆テロや殺人事件。

神は人間が作った存在なので、人間の形をした神とゆう名前の存在があるだけで、
神は1つと決まってはいないし、人間の形だと限らない。

モーゼやキリストは神の使いと伝えられているが、
実際問題、地球も皆も神の子。
神の使いとして言った言葉は、その環境による法律みたいなものが大半で、
法律が確立してない昔に、宗教とゆう法律とゆうか、理想論を作ることで社会をよくしようとしたと考えるべきで、
宗教で対立したり、宗教を掲げて殺人をしたり、宗教を理由に現実逃避をすることは
どの宗教も望んでいないはずで、

後になって解釈を自由にとったり、内容を変えたり、新たに宗教を作ったりするのも宗教として失格だと思います。
ただし、イスラム教のようにジハード(聖戦)と言って現代社会で戦争を行うと
善人も、キリストのような神の子も、無差別に死亡するようになるので現代社会に合うように修正する必要がある宗教もあります。

神や先祖を拝もうが、拝むまいが、関係ない。
拝む人が幸せや、有名人や、金持ちになり、
拝まない人が不幸で、貧困になるわけがない。
大切なのは見えない存在も敬う心。
そして、依存しすぎて逆に不幸にならないように注意しないこと。

Category: 思想

Theme: スピリチュアル・ライフ

Genre: ライフ

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