生きる死体

 【 2016.09.15(Thu) 】

100年後、ほとんどの人間や建物は跡形もなくなっている。
我々は果たして何を残すのだろうか?

明日、来年死ぬかもしれない命。
今を幸せに生きるしかない。

誰がどうとか、学校や会社がどうとか、
ニュースがどうとか周りに振り回され、
自分が何の為に生まれ、
何を成して死ぬのかを見失いがちになる社会。

人生のほとんどは暇つぶしだから、
ゲームやスポーツ、音楽や絵など、
どんな仕事でも大事な仕事であるが、
誰でも出来る仕事ほど、金にはならない。

金がないって事は、
食べ物や衣服、資格などの自由が制限され、
存在意義を否定する事。

しかし、人間の価値や、幸せは金でない。
勝ち負けを植えつけられた人間は、
本当に大切なことを見失う。

戦争で人の生き死にもない社会で、
大切なものはなんだろう?
医者だろうか?警察だろうか?

いずれ皆死んでしまう事を考えたら、
医者は必要ないんだよね。
何が問題かと言えば、
痛み、苦しみ続ける事。

我々は天才でもなければ、超能力者でもない。
みんな多かれ少なかれ、知的障害者、身体障害者。
弱い人間ほど悪い部分が見えて、人のせいにする。
自己の利益の為に、人に不利益を与える者を犯罪者と呼ぶ。

腕がなかろうが、頭が悪かろうが、
貧乏だろうが、犯罪者よりはマシ。

自然環境が乱れ、人間が増えすぎ、
国境がなくなり、
見た目では誰が悪人で、
誰が善人かがわかりにくくなる時代。

正義を掲げるテロリスト、
生徒をセクハラする教師と、
犯罪を犯す警察、
権力の名の下に悪事を行う公務員。

金で人間を操り、コンクリートで埋め立てた社会は、
人間の理想とする幸せな未来を与えてくれるのだろうか?
金で婚期を逃して売れ残る時代。
金の為に体を売る人間もいる。

迷った時は、好きや、愛を優先すれば間違いないと私は思う。
貧乏は笑い話になるが、貧乏に負けた話は笑えない。
心が貧しい我々は、心を大切に生きなくればならない。

余談として、アダムとイブが知恵の木の実を
口にして、恥ずかしさに気づく。
人を殺し合うゲームをしていて思うのは、
人は守る為に戦うと言う事。

アダムとイブが覚えた知識とは、
弱肉強食の世界で、殺される前に、
相手を殺せという心のガードだったのではないかと思う。

自己犠牲の心を失う事で、奪い合い、
愛を失い、争いが生まれる。
故に、神から見放される。

この場合の神は、人間の理想とする生き方を意味する。
ギャンブルで儲けようと戦えばいつかは負ける。
戦わなければ勝ちもしないが、負けもしない。
勝とうとした時点で負けを覚悟しなくてはならないし、
負けようとするから勝てる場面もある。

人に愛される人間は神にも愛される。
故に、運も良くなり、宇宙、運命の流れに乗れる。
欲張ってしまえばキリがない。

雨風しのげて、食べ物が食べれる。
安全な水が飲めて、トイレがある。
家族がいて、友達がいる。
健康であること、趣味があること。
些細な事でも幸せである事に気づくべきだ。

過去に捕らわれ苦しむな。
未来を悲観して悩むな。
どうせ死ぬんだ。
些細な不幸より、些細な幸せだけを見て生きてこう。

Category: 私生活

Theme: 学ぶ・知る・他

Genre: ブログ

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