ドミトリー 貧困 ホームレス 貧乏 キリスト教 沖縄

 【 2015.06.07(Sun) 】



あれから職安(ハローワーク)に行ったら、
携帯と住所がない事と、
ちょうど連休に入る前だったので、
再びパーソナルサポートセンターを紹介される。

半分は、行かずにフリーな身のままでいようかと思ったが、
どっちにしろ行くハメになりそうなので、渋々行く。
とりあえず、ドミトリーに泊まる事になる。

ドミトリーには旅人と、住人が居て、
旅人は良い人が多いけど、
住民は、沖縄で暮らしてるのに、
ドミトリーで暮らしている性質上、
癖がある人が多い。

最初に泊まったドミトリーは、
キリスト教の人が多かったので、
広場にいれば、何かしら食べ物が貰えた。

良いキッカケだったので、
誘われて日曜日にキリスト教の教会に行ってみた。
賛美歌を歌ってたよね。
その光景を見ていて思ったのが、
神は愛ですって言葉。

得をする相手ならまだしも、
付き合っても利益にならない相手とか子供を、
人や動物はなぜ愛すのか?
ましてや、姿もない神とゆう存在をなぜ愛せるのか?
その姿を見て思ったのは、
大切なのは、人がどうこうは二の次で、
まず自分が好きなものを愛すこと。
好きなものをなりふり構わず行う結果、
相手からも自分自身からも愛され、充実を向かえる。

連休が明け、とりあえず給料が入る予定なので、
サポートセンターから金を借りてドミトリーを移動することになる。
(月単位ではなく)数日単位で金を借りていたので、
5月11日、誕生日の日、
台風がくるので、今日はとりあえず避難所に泊まってくださいと言われ、
言われた通り、市役所で避難所の案内を探すが見つからず、
17時を過ぎていたので、役所の人も帰っている状態だったので、
とりあえず、避難所と言ったら体育館なので、
セルラースタジアムに行ってみるものの、
避難所になっておらず、
結局、近くの公園の弁当屋のベンチで一夜を明かす。

それからは、ドミトリー生活になるわけだが、
同世代の人が同室の時は、
ゲームを一緒にやったりして楽しかったが、
一人は県外に就職。
一人は牢獄に2ヶ月入ることで、すぐにいなくなった。

もう一人の酔っ払いは、深夜に帰宅しては、
2~3時間、独り言を言いながら、
足とか手でベッドをドンドンと鳴らす。
その後、死んだように寝る。
日中は、どこかに出かけたまま帰ってこないか、
死んだように寝続ける謎の人物。
そして、何日か姿を消していたかと思えば、
帰ってきたら酔っ払って帰ってくる。

最初の2人が出てから、次に入ってきた人が、
両方とも精神の病気を持っている人で、
片方は声も、動作もうるさく、
話が全てタメ口で、余計な話をするし、基本的に自己中。
金がない、金が借りれないとなり、
最後は物を盗もうとして警察と口論になったり、
人は皆死んでしまえばいいとか口にしていた。

もう一人が、精神が不安定で、
金がないくせにどうでもいいような高価な物の話を欲しがったり、
頼んでもいないのに掃除をしたり、散らかしたままにする。
基本的にナチュラリスト?綺麗好き?なので、
部屋を借りてるのに、屋上で暮らしてもいいですか?とか、
わけのわからない事を言い出したり、
夜中に起きだして、ガタガタと音を立てながら
掃き掃除や拭き掃除を始めるなどしていた。

そんなこんなで、二人とも宿に迷惑がかかるとのことでいなくなった。
酔っ払いも、住処が決まったのか、気がついたらいなくなっていた。
こんなメンバーだと、寝るに寝れないので、
旅行ならまだしも、住むのはオススメできない。

まあ、最初のドミトリーは1人を除いて、問題児はいなかった。
その1人は、自分は部屋にいたくせに、
歯磨きをしようと思って電気をつけておいたと言って、
人がシャワーを浴びていたら電気を消し、
扉をあけて電気をつけたら、無理やりシャワールームに入ってきて、
上の言いがかりをつけてきた。
そもそも、シャワールーム自体が暗い部屋だから、
電気をつけてるのが普通で、
他に2箇所、シャワー&トイレルームがある。
シャワーを上がる時だったからよかったが、
もし女性が入っていたらどうするんだと思った。
そんな、喧嘩腰の酔っ払いがいた。

もちろん、ドミトリーには悪い人ばかりではなく、
良い人もいる。
食べ物が全然ない時に、一緒に教会に連れて行ってくれた人。
土曜は公園で、日曜は教会でタダでカレーが食べれる。
無料で衣類や食器、本などが貰える場所もある。
そうゆう情報は、それなりに賢い地元民じゃないとわからない。
その人が良い人ではなく、その炊き出しやサービスをしている施設が
良いだけの話だし、食べ物や、物に釣られている感はあるが、
やらないよりはよっぽど良い。だいぶ助かった。

ほんと、キリスト教は困っている人を助ける姿勢を感じる。
それに対し、金儲けばかりの仏教とか、
天理教同士でしか、天理教同士でさえも助け合わない天理教とか、
アメリカ人に家族を殺されたと言って、
無差別殺人をするイスラム教とか。

キリスト教で良かったのが、自分を解放するって点。
良い事をしましょう。悪いことは懺悔しましょう。
それにより、自分が何が好きで、何が嫌いで、
人の為に、自分が何の能力を活かせるかが見えやすくなる。
例えば、七夕や初詣、流れ星がそれに当たるんだけど、
一般人より、キリスト教の方が、その「目的」を再確認する
回数は多いのではないかと思った。
これは宗教なんかしなくてもいいわけで、
日記やブログ、SNSなどに、
今日あった良い事・悪い事を書いておけばいい。
損得以外で、好き嫌いがあるものが、
個性になるんじゃないだろうか?
それにより、自分が理想とする未来や社会が
想像するキッカケにもなるかもしれない。

例えば、綺麗な部屋と、ゴミだらけで汚れた部屋、
どっちがいい?と聞かれたら、
大概は綺麗な方がいいと答える。
しかし、実際にはゴミ屋敷や汚い部屋で
暮らしている人も多くいる。
うるさいのと静かなのもそう。
態度が悪いのと、態度が良いのもそう。

人間は、良いとわかっていても、
本人は気づいていないとか、直す気がないとか、
そんなのが大勢いる。
過去の生き方、記憶に形成された人格から
未来の理想の自分へと変化が出来ず、
ホームレスや病気になる人間達。

公園や、空き缶を集めているホームレスを見ると、
何の為に生きているのかと時々思う。
金のあるなしとか、人の役に立っているとか、
そういう次元ではなく、
存在自体が動物的というか、動物以下というか、
病気や障害などでも生活が出来ている人に対し、
おまえらの生活水準、役立たずっぷりは何だよ!
って、心のどこかで感じてしまう。
そして、それは将来なってしまうかもしれない
自分に対しても、現状の自分にも言える点。
何の為に生きてるんだよ!

話を戻すが、ブラック企業から給料がなかなか
支払われず、苦労しました。
8時間労働でも休憩30分以内とか、
ホテルの契約は部屋を清掃している17時までだから、
ホテルの清掃後のゴミの分別や、
事務所や備品の清掃、日誌の記入などは
毎日30~1時間ぐらいサービス残業。
そして、給料未払い。
さすがに2回目の支払いで期日を越えた時には、
労働基準監督署に、首のヘルニアで労災も
視野に入れて訴えてやろうかとも思ったが、
その前に入金されたので事を荒立てずに済んだ。

ほんと、ブラック企業って何から何まで
悪いんだなと痛感した。
仕事で問題があったら個人のせいとか、
普通は、誰かではなく、なぜそうなったのかの
システムの問題。
早くしろ、綺麗にしろと、休憩も全然とらずに
やっているのに、出来て当然みたいなのも
出来ない人間にとって、居心地が悪い環境とか。
そもそも、地元の人間が働いていない職場なんて、
他県の人間を騙さないといけない労働環境だと
言っているようなもの。

そして、ブラック企業は、退職理由が自己都合になりやすい。
再就職の時に、何て言うのかが困る。
ブラック企業に入らない事、
ブラック企業への処罰の拡大は大事だと思う。
ブラック企業はイジメ問題、ヤクザと変わらない。

暇な時に誘われて教会に行ったんだけど、
キリスト教は、魂の開放みたいな印象も受けた。
精神に問題があるってのは、内向きなのと、
狂っているのどちらか。
精神が内向きな人はキリスト教はいいと思うけど、
狂っている人は賛美歌よりも、聖書などで落ち着くのが大事。
沖縄の人は酔っている人は酒癖が悪いし、
精神障害の人を野放しにしているから、
おかしい人が多くいる。
精神に異常がある人は、沖縄の暖かい気候で
情緒不安定になりやすいと感じる。
ドミトリー生活をしていたら、精神に異常がある人は、
常に酔っているような雰囲気を出しているので、わかるようになってきた。

Category: 私生活

Theme: ちょっとしたこと書きます

Genre: ブログ

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