宮古島 沖縄 無職 旅 貧乏

 【 2015.04.25(土) 】


仕事を辞め、とりあえず行った事がない方向へ向かう。
夜に港に着いたので、そこの建物の下で寝る。
寝て起きても、別に歩く必要もないので、
マングローブの根本で寝る。
夕方に近づいてきたので、移動をする。
たっぷり寝たし、食べ物も食べていた。
にもかかわらず、体がしんどくて限界を感じる。
大阪から鹿児島まで歩いた体力はどこいったのか?

給料が支払われるであろう、月末までは、
まだ一週間も残っていた。
2~3日なら我慢できるが、さすがに1週間は
市役所で未払いの給料の事とかを相談しないとダメだと思った。


フラフラしながら歩き、いい景色があったら画像を撮っていたら
自動車学校の人が車で送ってくれると言うので、
お言葉に甘えて町まで送ってもらう事にする。
町でとりあえず、重い本を売る。
食費にでもなればと思ったが、80円にしかならなかった。
ダメ元で、ATMでキャッシュカード見ると、
鹿児島の時に働いた金が振り込んであった。

仕事を辞めてから入金されているとか、
さすがに遅いよっとは思ったけど、
辞めるようになっていたんだなと考えるようにした。
とりあえずカップラーメンを食べてからパチ屋に寄る。
2000円で8000円分ぐらいまで当たるも、
そこから回すたびに2000円ぐらいずつ
徐々に減っていって、閉店間際には、1万円負けになる。
うわ~と思いながら、その晩はネカフェで12時間いることにして
ブログを編集し、画像をクラウドにアップロードしながら
ガンダムオンラインを砲撃機体のみでやり直した。

13時まで作業をし、職安へ行く。
家を借りたりするのがどうなのかわからないので、
住み込み可能な仕事を探す。
就職活動をするのに、電話はあった方がよさそうなので、
この日は紹介はせずにおく。

そうしているうちに17時になり、
サンエーでカップラーメンと赤ワインを買い、食す。
途中でパチ屋があったので、昨日のリベンジで
酔いに任せてマッタリ打っていると1000円で当たり、連荘。
+16000円になる。
それから、帰ろうと思ったが、ナイトパックまで時間があったので、
更に打つことに。
微妙な台しかなく、打っても当たらずに1万円飲まれる。
が、移動した台で何とか当たって、
台を休ませては当ててを繰り返し、
何とかその日は+2万で、昨日も含めて+1万にできた。
1万円があれば、マンガ喫茶で3泊分にはなる。
その他にPHS代2万円?と、免許の更新代5千円?と、
飛行機の移動代とがあるから、どうしたものか。
とりあえず、漫喫2泊目もブログの更新を行う。

次の日はスロで+8千円。
その次の日はパチで+3000円。
マンガ喫茶が12時間で3000円だから、宿泊費程度にしかならない。
PHSは、滞納があると契約できなかったので、
就職の採否の確認は、こちらから公衆電話からかけるしかない。

宮古島にいても、住み込みで出来る仕事は限られているので、
那覇に戻ることにする。
花粉症なので、住む場所の選択肢は、
奄美大島から下になるんだけど、
奄美は鹿児島県なので、
沖縄がいろいろと都合がいい。
とにかく、仕事自体がないといけないので、
那覇に戻ることにして、戻る前に
宮古島のハローワークに行ったのだが、
寮あり表記の仕事の紹介が2つとも寮がないと言われ、
沖縄らしいなーと感じた。


そして、職安からそのまま空港に向かう。
航空チケットは9000円。
前日に空港に着き、空港内で時間をつぶすが、
21時に空港は閉まってしまう。
それから外で寝ようとするが、
空港の前には植木鉢が大量に置かれていて、
そこの水受けから大量の蚊が発生していて全然寝れなかったので、
場所を変えたら、バス停の前は風の通り道になっていて
全然いない場所を発見。
それから朝まで寝て、昼の飛行機で那覇へ。
那覇の方がアスファルトが多いせいか、
宮古島よりも暑かった。

所持金、約4万円。
連勝もしてるし、とりあえずパチ屋に行く。
1000円で当たって、+5000円になるが、
それ以上伸びず、設定4なのに閉店前に600回転単発を食らい、
1万4千円負け。
ただでさえ少ない金が、更に少なくなる。
免許の更新で5000円、
食費、履歴書、証明写真、ネカフェ代。
家を借りるとなると、更にどこにも足らない。
本土の方では、月に1万5千円ぐらいの賃貸が
あったりするが、沖縄では、ほとんどが3万円以上。
家賃が毎月1万五千円違うと、毎月それだけ貯金ができる。
宮古島のネカフェは12時間で2880円。
那覇は最安値が1550円かな?
1500円でも、10日で家賃ぐらいになる。
まあ、インターネットとドリンク代込みの値段だけど。

こんな生活をしていて思ったことがいくつかあるんだ。
次回につづく


女がいない男たちの中で面白かった部分


宮古島にあった落書き。力のかかり方ってそうなんだよね~。
これは津波対策とかに利用できないだろうかとか考えちゃったよね。

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旅 居場所がない 沖縄

 【 2015.04.23(木) 】


3月11日。東日本大震災から四年目。
27時間かけてフェリーで沖縄(那覇)に着く。
フェリーから本部を見ていた時に隣にいた
鹿児島のオバチャンと話してるうちに、
沖縄旅行を一緒にすることにする。


国際通り、市場、沖縄セルラースタジアムでサーカス、
ネーネーズの店、カラオケなど行く。
晩御飯は、食べ飲み放題3千円。
ホテル代をうかせる為に、夜はネカフェ。

4日間ぐらい那覇を見たが、
台湾人ばかりだし、建物もビルばかりで、
想像していた沖縄と違っていた。
なので、住むとしたらどこらへんが良いのかを
探してみることにする。

かりゆし着てますか?
セコムしてますか?



那覇から沖縄に行くと、
徐々に想像していた街並みになる。

途中で買ったサンダルが人食いサンダルだった。
歩いた時に曲がる部位に溝があり、
歩く度にそのミゾに足の肉が挟まれて痛い。



海沿いが良いかな~?と見てみると、
ホテルかダイビング系の店ばかり。
朝晩働いて稼ぐのは難しそう。
住宅が多いので、仕事の方が少なくも感じた。
北上するにつれ、店が減り、
どんどん利便性が悪くなって、
車が必要になってくる。
道の途中で話したオジサンは、
他県から来る人は皆同じ様な場所に住みたがるから、
家賃がどんどん高くなっていると説明された。


そして、名護に着いたら、
街中は商店街がメインで、
国道沿いに店が並ぶも、個々に幅があって
車がないとどうしても不便だと感じる。
不動産で相談したら、那覇も名護も
家賃はそれほど変わらなかったので、
だったら那覇で仕事を探した方が就きやすいだろうって事で、
バスで那覇に戻る。

那覇に戻り、市役所で生活保護の申請を相談したら、
鹿児島は鹿児島の民政員との相談の後に移転しなくてはいけないと言われ、
「は?」となる。
生活保護って国の制度じゃないの?
各都道府県で違うのかい?
金はどこから来てるの?
と疑問になる。
市役所の対応が、
観光で金を落としてもらうのは歓迎するが、
他県からの移住は、地元住民の生活が脅かされるから、
来てほしくない印象を受けた。
ゆいまーるとは何なのか?
電話するにも、金もテレホンカードもなく、
こうなったら、国際通りの歩道に車で突っ込むくらいしかないやん?とも思ったけど、
とりあえず、市役所に相談すると、
こちら側では失効する形をとるので、
なるべく仕事を探すなどして、
保護に頼らないず頑張ってみてください。
それでもダメなら、市役所に頼んでみてくださいと言われたので、
住み込みの仕事を探してみる事にする。

すると、清掃の仕事があり、宮古島に行くことになる。




愛はまだ見つかってません!
知ったのは、金のやり取りは愛ではないって事。

支援センターの人は親切で、とっても良くしてくれた。
生活相談から、就職支援などを一括で相談できる場所は
もっと増えてくれたらいいのにと感じた。
労働条件が良く、一年ぐらいは働きたいと思っていたが、
実際に働いてみると、
雇ってる側から、隅々まで汚れがないように清掃しろと言われ、
上司からは、早く清掃しろと毎日のように誰かしら注意され、
朝8時半から夕方の5時まで働いて、
昼は2時過ぎに30分以内に流し込んで、
8時間休みなく動き続け、30分しか休憩なし。
30分休憩も、急いで食べるから全然休まらない。
掃除が終わった時間に勤務時間を書くから、
退出時までの掃除や準備で毎日30分のサービス残業。
だから、みんなイライラしながら仕事をしていて、
モチベーションが上がらないわ、心身ともにしんどくなってくる。

沖縄に来てまで、北海道の人ばかりの職場ってのもおかしな話で、
地元の人が働きたがらないのがわかる。
北海道の人は真面目で忍耐強いとは聞いたことがあるが、
ここまでくると、北海道の人とは一緒に働きたくないと思うようになった。
派遣や警備もそうだが、自社の事なのに、
どれも自社の理不尽な意見を自分達でやりたくないから下請けに出してる感があり、
下請けの仕事も嫌だと改めて感じた。
生活の半分近くは仕事にいるのに、
イライラして無理して暮らしたくはない。

そして、鹿児島で働いた金は払われる事なく、
虫歯が悪化。日に日に痛みが増す。
師匠も電話に出なくなる。
別に給料の未払いは会社の責任だから、
師匠が後ろめたくなる必要はないんだろうけど、
喉元すぎれば何とやらで、義務があっても、
経済動物である人間は、なるべくなら他人に金は払いたくなくなるものだなと改めて感じた。
身の回りにいるから、(義理チョコ程度な)義理で生きてるんだろうな、本当は嫌々しかたなく。

生活は、ストレス発散の手段が、貰った酒を飲むことぐらいしかなく、ストレスを誤魔化し続け、
仕事の疲労と、虫歯の痛みで、
完治したかと思っていた首のヘルニアが再発&悪化。
モチベーションもどん底で、仕事を辞めることにする。
一年ぐらい続ければ、新しい家を借りて、
新しい仕事にも就きやすくなるが、
さすがに首が絞められるように痛み続け、
体が麻痺って力が入りにくいとか、
痺れてきたりすると、仕事どころではなくなる。

市役所の手続き等も、
そろそろ本格的に面倒に感じてきて、
嫌になってきた。
生活保護も、本来は国民が人権に基づいて、
生きる保証をする為のもので、そのために税金ってものが存在している。
なるべく生活保護は受けてほしくないとか、
恥に思うとか、そもそもの感覚がおかしくて、
支援が必要な人を自立できるまでどうにか支援する役割が、放棄や嫌な存在になるから、
犯罪にはしって加害者と被害者を生んだ後、
擬似的な生活保護で犯罪者を活かす形になる。
いい加減、そういったモロモロすらも煩わしく感じるようになった。
とりあえず、首が治らないと再就職も難しいので、
サバイバル生活でもしようと思う。

普通に家でパソコンをして暮らし、
職場で仲良く協力し合って生きていたいだけなんだけどねぇ~。
人権って何だろ?
仕事はやる気があるけど、酷使しすぎると無理がでる。
そこを注意しないといけない体になった。

Category: 政治・社会

Theme: 転職活動

Genre: 就職・お仕事

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